雪崩は、なぜ穏やかそうな斜面で
突然起きるの?
真っ白でなだらかに見える雪の斜面。危険な様子はどこにもありません。ところが、その足もとには、目に見えない「壊れやすい層」が隠れていることがあります。雪崩の多くは、このわずか数十cmの層が壊れることから始まるとされています。
バックカントリー(整備されていない山の斜面)を歩く、ある冬の登山者。目の前に広がるのは、風もやみ、静かで美しい雪の斜面です。踏み跡もなく、いかにも歩きやすそうに見えます。
一歩、また一歩と斜面を進んだそのとき、足もとから「ドンッ」という鈍い音が響き、雪面に亀裂が走ります。次の瞬間、斜面全体がひとつの板のように動きだします。
これが雪崩です。見た目には、直前まで何の異常もありませんでした。
雪崩が起きる理由は、2つだけ
降り積もった雪は、何層にも重なっています。その中の1層だけがもろく壊れやすいことがあり、そこが壊れると上の層ごと滑り出します。
急すぎても、ゆるすぎても、実は雪崩は起きにくいとされています。30〜45度という範囲が、もっとも危険な角度です。
ひとつずつ、順番に見ていきましょう。
理由1:雪の中に隠れた「弱層」
雪は、一度に積もるわけではありません。降っては止み、晴れて雪の表面が変質し、また降る。これを繰り返すことで、性質の違う層が何枚も重なった「雪のミルフィーユ」のような構造ができあがります。
この層の中に、まわりよりずっと結合が弱く、もろい層ができることがあります。これを「弱層(じゃくそう)」と呼びます。弱層の上に、こしのある硬い雪(スラブ)が積み重なった状態が続くと、弱層はその重みをずっと支え続けることになります。そしてある瞬間、人の重みや振動、あるいは弱層自体の変化がきっかけとなって、弱層が壊れます。すると、その上のスラブ全体が、まとめて滑り出します。
弱層は雪の内部にできるため、表面を見ただけでは、その斜面が危険かどうか判断できないとされています。専門家は、斜面に穴を掘って断面を観察したり、雪の層を手で押してみたりして弱層の有無を確認しますが、これには専門的な知識と経験が必要です。「見た目が穏やかだから安全」とはいえないのが、雪崩の怖さです。
理由2:斜面の角度には「危険な範囲」がある
坂道でボールを転がすとき、ゆるい坂ならボールはなかなか転がりませんが、急な坂ならすぐに転がり出します。斜面にある雪も同じで、斜面が急なほど、雪を滑らせようとする力が強くなります。
ところが、雪崩がもっとも多く発生するのは、垂直に近い崖のような急斜面ではありません。およそ30〜45度の斜面が、統計的にもっとも危険とされています。理由は2つあります。ゆるい斜面(15度未満など)では、雪を滑らせる力が弱く、弱層があってもなかなか壊れません。逆に非常に急な斜面(60度以上など)では、雪がその場に積もり続けることができず、少しずつ崩れ落ちてしまうため、大きなスラブが育ちにくいのです。
じゃあ、どうすればいいの?
- 出かける前に、雪崩情報と斜面の角度を確認する雪崩情報センターなどが発表する情報や、地図・アプリで斜面の角度を事前に調べられます。
- 危険そうな斜面では、複数人が同時に乗らない1人ずつ、間隔をあけて渡ります。全員が同時に巻き込まれるのを防ぐためです。
- 雪崩ビーコン・プローブ・スコップを携帯する埋まった仲間を見つけるための道具です。持っているだけでなく、使い方の練習も欠かせません。
雪崩に巻き込まれたら、泳ぐように手足を動かして、少しでも雪の表面に近い位置にとどまろうとすることが助言されています。埋まる直前には、口の前に手で空間をつくることで、呼吸できる隙間を確保できる可能性が高まるとされています。
埋まってしまった人の生存率は、時間の経過とともに急激に下がるとされています。窒息が主な原因であるため、まわりにいる人がすぐに探し始めることが、何よりも重要です。119番への通報と並行して、ビーコンやプローブを使った捜索を始めることが勧められています。
ただし、助けに向かう人自身が、同じ斜面で二次雪崩に巻き込まれる例もあります。安全な場所からルートを確認し、複数の斜面が同時に崩れる危険がないかを見きわめてから捜索に入ることが大切です。
まとめ
雪崩が穏やかそうな斜面で突然起きるのは、①雪の中に見えない弱層が隠れていること、②斜面の角度が30〜45度という範囲でもっとも危険になることの、2つが重なるからです。見た目の穏やかさは、安全の保証にはなりません。
静かに見える斜面ほど、内側では静かではないことがあります。
雪崩は、目に見えない層から始まります。
雪崩に巻き込まれ雪の中に埋まると、動けないまま体温が奪われ続け、低体温症のリスクも同時に高まるとされています。
- 厚みのある本やノートを5〜6冊重ね、下から3冊目のあたりに、つるつるした紙(クリアファイルなど)を1枚はさむ
- 本の束をゆっくり斜めに傾けていくと、あるところで、はさんだ紙より上の本だけが、まとめてずれ落ちる
つるつるした紙が「弱層」の役割をしています。下の本は動かず、その上の本だけが一枚岩のようにずれ落ちる様子は、スラブ雪崩の起き方とよく似ています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(雪氷学・破壊力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:雪崩をめぐる言葉
- 弱層:雪の層の中で、まわりよりもろく壊れやすい層。
- スラブ:弱層の上に乗った、こしのある硬い雪の板。弱層が壊れると、まとめて滑り出します。
- 表層雪崩:雪の表面近くの層だけが滑り落ちる雪崩。
- 全層雪崩:積もった雪が地面から丸ごと滑り落ちる雪崩。春先など、気温が上がる時期に多いとされています。
高校式で確かめる:斜面の角度が力にどう効くのか
斜面の上にある物には、重力の一部だけが「滑らせる方向」にはたらきます。これは高校物理の力の分解の考え方で説明できるとされています。
斜面に沿った力 = 重力 × sin(斜面の角度)
| 斜面に沿った力 | 雪を滑り落とそうとする力の大きさ[N] |
| 重力 | 雪のかたまりにはたらく重力(質量×9.8)[N] |
| 斜面の角度 | 水平面からの傾き[°] |
角度が大きいほど sin の値が大きくなり、斜面に沿った力(滑らせようとする力)も大きくなるとされています。
| 雪にはたらく重力 | 100 × 9.8 = 980 N |
| 斜面15°の場合 | 980 × sin15° ≒ 980 × 0.26 ≒ 253 N |
| 斜面35°の場合 | 980 × sin35° ≒ 980 × 0.57 ≒ 560 N |
| 斜面60°の場合 | 980 × sin60° ≒ 980 × 0.87 ≒ 849 N |
※ sin の値は小数第2位までの近似値を使っています。
速さ = √(2 × 9.8 × 落差)
| 落差50mを滑り落ちた場合 | √(2 × 9.8 × 50)= √980 ≒ 31.3 m/s ≒ 113 km/h |
| 落差100mを滑り落ちた場合 | √(2 × 9.8 × 100)= √1960 ≒ 44.3 m/s ≒ 159 km/h |
これは摩擦や空気抵抗を無視した、理想的な上限の見積もりです。実際にはこれより遅くなりますが、乾いた粉雪の雪崩では、実際にこれに近い速さが観測されることもあるとされています。車が高速道路を走るのと同じかそれ以上の速さで、雪の壁が迫ってくることになります。人が走って逃げ切れる速さではありません。
高校+なぜ「急すぎても危険が下がる」のか
①②の計算からは、斜面が急なほど滑らせる力は単調に大きくなります。しかし実際の雪崩の発生頻度が30〜45度でピークになるのは、力の大きさだけでなく、雪がその斜面にどれだけ積もれるかという別の要因が関わるためです。非常に急な斜面では、雪はまとまって積もる前に少量ずつ崩れ落ち続けるため、大きな弱層とスラブの組み合わせが育ちにくいと考えられています。「力学的に滑らせる力が強い」ことと、「実際に大きな雪崩が起きやすい」ことは、必ずしも同じではありません。
大学スラブは、なぜ「面」で壊れるのか
弱層の破壊は、点や線ではなく、面全体に急速に広がる破壊の伝播(でんぱ)という現象だと考えられています。弱層の中に亀裂が生じると、その亀裂が音速に近い速さで層内を伝わり、数十〜数百メートル先まで一瞬で破壊が広がることがあるとされています。これは、雪という材料が持つ特有の力学的性質(もろさと粘り強さのバランス)に関わる現象で、大学の雪氷学・破壊力学で研究されている内容です。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 弱層がいつ、どの程度の力で壊れるのかを、事前に正確に予測することは、まだ難しいとされています。 雪の内部構造は場所ごとに大きく異なり、同じ斜面でも数メートル離れただけで弱層の有無が変わることがあります。
- 破壊がどこまで、どれくらいの速さで伝わるかを精密にシミュレーションする研究は、いまも発展途上です。 雪という材料の複雑な力学的性質を、計算モデルにどこまで正確に落とし込めるかが課題とされています。
- 気候変動が将来の雪崩の発生パターンにどう影響するかは、研究者の間でも見解が分かれています。 積雪量や気温変化のパターンが変わることで、弱層のできやすさそのものが変化する可能性が指摘されていますが、地域ごとの詳しい予測はまだ研究が進んでいる段階です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・力のはたらき | 斜面で雪が滑り出す基本的なイメージ |
| 高校 | 物理基礎・力の分解 | 式で確かめる①②の計算全体 |
| 高校+ | 物理・力学的エネルギー、統計的な現象の見方 | 落下速度の見積もり、角度と発生頻度の関係 |
| 大学 | 雪氷学・破壊力学 | 弱層の破壊伝播のしくみ |
| 研究 | 雪崩科学・気候科学(研究中) | 破壊予測モデル、シミュレーション、気候変動の影響 |
| ― | 防災・アウトドア安全教育 | 雪崩情報の確認、ビーコン・プローブ・スコップ、埋没時の対処 |
- 日本雪崩ネットワーク等、雪崩関連の専門団体による、雪崩のしくみ・安全対策に関する解説資料。
- 雪氷学の教科書における、弱層・スラブ雪崩・破壊の伝播に関する一般的な記述。
- 物理学の教科書における、斜面上の力の分解、自由落下・エネルギー保存に関する一般的な記述。
- 山岳救助・アウトドア安全教育に関する資料(埋没時の対処法、捜索用具に関する一般的な記述)。
※ 質量・角度・落差などの数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。実際の雪崩の速さや規模は、雪質・地形・気象条件によって大きく異なります。
※本記事は一般向けの科学解説です。実際の登山・スキーの安全判断は、雪崩情報センターなどの専門機関の情報および専門家の指示に従ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための概算・仮定です。