AEDは、止まった心臓を電気で動かす機械なの?
― 電気ショックは、震えている心臓をいったん静かにさせています
駅や学校の壁にある、赤やオレンジの箱。中のAEDは「止まった心臓に電気を流して、また動かす機械」と思われがちです。じつは逆です。AEDが電気を流すのは、心臓が止まっているときではなく、ばらばらに震えているときです。電気ショックの役目は、その震えをいったん全部止めることにあります。
医療ドラマの手術室。モニターの線がまっすぐになり、「ピー」という音が鳴ります。医師が「離れて!」と叫び、胸に電極を当てて電気を流します。体がびくっと跳ねて、線が波打ちはじめます。
多くの人の頭にある電気ショックの姿は、たぶんこれです。でも、実際の医療では、線がまっすぐになった心臓に電気ショックは使いません。流しても効かないからです。
では、電気ショックはいつ、何のために使うのでしょうか。答えは、私たちの胸の中で毎秒くり返されている「電気の行進」にあります。
電気ショックが効くのは、理由が2つあるからです
突然倒れる心停止の多くは、心臓の細胞がそろわずに勝手に縮む状態から始まります。心臓は細かく震えるだけで、血を送り出せません。
電気ショックは、震えている細胞すべてを同時に「休み」の状態にします。静かになったすきに、心臓のペースメーカーが拍子を取り直します。
つまりAEDは、エンジンをかける機械というより、合唱がめちゃくちゃになったときに全員をいったん黙らせる指揮者に近いものです。順番に見ていきましょう。
心臓は、電気の「行進」で動いています
心臓の右上には、洞結節(どうけっせつ)という小さな場所があります。ここが1分間に60〜80回ほど、自分で電気の合図を出します。合図は波のように心臓の壁を伝わり、細胞は順番に縮んでいきます。上の部屋から下の部屋へ、そろって縮むので、血がしぼり出されます。
大事なのは、細胞が一度縮むと、少しのあいだ次の合図に反応しない「休み」の時間があることです。この休みがあるので、合図の波は一方向にだけ進み、心臓は規則正しく動けます。
ところが、心筋梗塞や強い衝撃などがきっかけで、合図の波がぐるぐると渦を巻くことがあります。渦はいくつにも分かれ、心臓のあちこちで細胞が勝手に縮みはじめます。これが心室細動(しんしつさいどう)です。心臓はぶるぶる震えるだけで、ポンプとしてはほとんど働きません。図1の真ん中が、そのときの心電図です。
電気ショックは、全員をいっせいに「休み」にさせる
心室細動の心臓では、ある細胞は縮み、となりの細胞は休み、またその先の細胞は縮みかけています。てんでばらばらです。ここに外から強い電気を流すと、心臓の大部分の細胞が同じ瞬間に反応し、そろって「休み」の時間に入ります。
全員が休んでいるあいだは、渦を巻いていた合図の波が進む先がありません。渦は行き場を失って消えます。そして休みが明けたとき、最初に合図を出すのは、もともとのペースメーカーである洞結節です。こうして心臓は、自分の拍子を取り戻します。
だから、モニターの線がまっすぐな心臓(心静止)には、電気ショックは効きません。乱れている合図そのものが無いので、消すものが無いのです。ドラマの場面は、見栄えのための演出だと考えられています。
1分ごとに、助かる見込みが減っていく
心室細動が続くと、心臓の筋肉は酸素不足でどんどん弱ります。電気ショックが1分遅れるごとに、助かる見込みはおよそ7〜10%ずつ下がるとされています。一方、まわりの人が胸を押す心臓マッサージを続けていると、下がり方は1分あたり3〜4%ほどにゆるやかになるとされます。
日本では、119番通報から救急車が現場に着くまで、全国平均で約10分かかるとされています。図2のつまみを10分まで動かしてみてください。何もしないで待つのと、胸を押してAEDを使うのとでは、大きな差がつきます。
AEDはパッドから心臓の電気を読み取り、心室細動など電気ショックが効く状態のときだけ、ショックを勧めます。必要ないと判断すれば、ボタンを押しても電気は流れません。使う人が心電図を読めなくても大丈夫なように作られています。
リセットされた直後の心臓は、まだ弱々しくしか動けません。そのためAEDの音声は、ショックのあとすぐ胸を押すよう指示します。救急隊に引き継ぐまで、AEDの音声に従って続けます。
じゃあ、どうすればいいの?
- 大声で人を呼び、119番とAEDを頼む「あなたは119番を」「あなたはAEDを」と、人を指さして頼むと動いてもらいやすくなります。
- ふだん通りの息がなければ、胸の真ん中を強く速く押す1分間に100〜120回の速さで、深さ約5センチが目安です。迷ったら押してかまいません。
- AEDが届いたら、ふたを開けて音声に従うパッドを貼ると、AEDが自動で心臓の状態を調べます。ショックの合図が出たら、誰も体に触れないよう離れます。
電気が流れる瞬間に倒れた人の体に触れていると、まわりの人にも電気が流れるおそれがあります。AEDが「離れてください」と言ったら、全員が手を離して近づかないようにします。胸が水でぬれていたら、パッドを貼る前にふき取ります。小学校に上がる前の子どもには、子ども用のパッドやモードがあれば使います。迷うときは119番の通信指令員が電話で手順を教えてくれます。
まとめ
突然倒れた人の心臓は、止まっているのではなく、ばらばらに震えていることが多いのです。AEDの電気ショックは、その震えを一斉に消して、心臓が自分の拍子を取り戻すすきまをつくります。ショックまでの1分1分が見込みを左右し、そのあいだをつなぐのが、そばにいる人の手です。
AEDは、心臓を動かす機械ではない。
乱れた合唱を、一度だまらせる指揮者です。
ふだんの心臓が電気の合図で動くしくみは「心臓は、なぜ自分から動き続けられるの?」で、体に電気が流れるときの危険は「濡れた手でコンセントに触ると、なぜあんなに危険なの?」で詳しく紹介しています。
- 通勤・通学の道や職場で、AEDがどこにあるかを3か所探してみましょう。いざというとき、往復で何分かかるかを数えておきます。
- 手首や首すじに指を当て、15秒間の脈を数えて4倍にしてみましょう。これが、洞結節が1分間に出している合図の回数です。
- クッションを床に置き、「1分間に100〜120回」の速さで押してみましょう。思ったより速く、2分続けると腕がかなり疲れることが分かります。
消防署や日本赤十字社などでは、AEDと心臓マッサージを練習できる講習会が開かれています。一度体を動かしておくと、いざというとき手が出やすくなります。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(電気生理学・医用工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 心室細動:心臓の下の部屋(心室)の細胞がそろわずに縮み、心臓が震えるだけで血を送れなくなる状態。
- 除細動(じょさいどう):電気ショックで細動を取り除くこと。AEDは「自動体外式除細動器」の略です。
- 洞結節:心臓の右上(右心房)にある、拍動の合図を自分で出す細胞の集まり。天然のペースメーカー。
- 不応期(ふおうき):細胞が一度興奮したあと、次の刺激に反応しない短い時間。この記事でいう「休み」。
中学高校式で確かめる:電気ショック1回のエネルギーはどれくらい?
AEDは、電池の電気をコンデンサー(電気をためる部品)にため、一気に放出します。コンデンサーにたまるエネルギーの式から、1回のショックの大きさを見積もります。ここでの容量と電圧は、計算のための例です。
| 記号で書くと | E = ½ × C × V² |
| 言葉で書くと | ためたエネルギー = ½ × 容量 × 電圧の2乗 |
| どこから来る式か | 電気を少しずつ運び入れるたびに、すでにたまった電気に逆らう仕事が要る。その仕事を足し合わせた量がエネルギーとして残る(エネルギー保存) |
| 記号 | 意味と単位 |
| E | コンデンサーにためたエネルギー(ジュール) |
| C | コンデンサーの容量(ファラッド) |
| V | コンデンサーにかけた電圧(ボルト) |
| 容量(例:100マイクロファラッド) | 0.0001 ファラッド |
| 電圧(例) | 1700 ボルト |
| 電気が流れる時間(目安) | 約0.01 秒(10ミリ秒) |
| 重力加速度 | 9.8 メートル毎秒毎秒 |
| 電圧の2乗 | 1700 × 1700 = 2890000 |
| 容量をかける | 2890000 × 0.0001 = 289 |
| 半分にする(エネルギー) | 289 ÷ 2 = 144.5 ジュール |
| 1秒あたりに直す(電力) | 144.5 ÷ 0.01 = 14450 ワット |
| 1000ワットの電子レンジ何台分か | 14450 ÷ 1000 ≒ 14 台分 |
| 1キロの物を何メートル持ち上げる仕事か | 144.5 ÷ 9.8 ≒ 15 メートル |
1回のショックは約150ジュールで、実際のAEDの多くが使う150〜200ジュールとほぼ同じ大きさです。量としては、1キロの荷物を15メートル持ち上げる程度にすぎません。けれども100分の1秒に詰めこむので、その瞬間は電子レンジ十数台分の勢いになります。心臓の細胞を一斉に動かせるのは、量ではなくこの「速さ」のおかげです。
高校高校+細胞の「電気」と、ショックの形
高校心臓の細胞は、ふだん内側が外側より約0.09ボルト低い状態(静止電位)を保っています。合図が来ると、ナトリウムイオンが流れこんで内側がプラスに転じ(活動電位)、それが細胞を縮ませる引き金になります。活動電位のあいだは次の刺激を受けつけません。これが不応期です。
高校+昔の除細動器は、電流を一方向にだけ流していました(単相性波形)。いまのAEDの多くは、途中で電流の向きを反対にする二相性波形を使います。同じ効果を少ないエネルギーで得られ、心臓の筋肉への負担も小さいとされています。
大学なぜ渦ができ、なぜ消えるのか
心臓の筋肉は、電気生理学でいう「興奮性媒質」の一種で、条件がそろうと興奮の波が渦巻き状に回り続けます。これはスパイラル波(リエントリー)と呼ばれ、心室細動はこの渦がいくつにも分裂した状態と考えられています。除細動が効くしくみには、心筋のある割合以上をまとめて興奮させれば渦は続けないとする「臨界質量仮説」などが提案されてきました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:除細動(ウィキペディア) / 心室細動(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 細動は、どこで生まれてどう保たれるのか。 少数の大きな渦が親として働くのか、多数の小さな渦が入れかわり続けるのか、議論が続いています。
- いちばん良い電気の流し方は。 波形・エネルギー・パッドの位置の最適な組み合わせは、いまも臨床研究で比べられています。
- AEDを早く届けるには。 ドローンでAEDを運ぶ実験や、近くの協力者のスマホへ知らせる仕組みが各国で試されています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ただ、「早く押して、早く流す」ほど助かる人が増えることは、多くの記録で確かめられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「電流」「血液の循環」 | 心臓のしくみ、電気が流れること |
| 高校 | 物理「コンデンサー」、生物「興奮の伝導」 | エネルギーの式、静止電位と不応期 |
| 高校+ | 物理・生物の発展 | 二相性波形 |
| 大学 | 電気生理学・医用工学 | スパイラル波、臨界質量仮説 |
| 研究 | 循環器学・蘇生科学 | 細動の成り立ち、AEDの届け方 |
| ― | 生活とのつながり | 倒れた人を見たときの119番・心臓マッサージ・AED |
- 総務省消防庁「救急・救助の現況」ほか救急関係の資料
- 日本蘇生協議会『JRC蘇生ガイドライン2020』医学書院
- American Heart Association, Guidelines for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care
- 日本救急医療財団「AEDの適正配置に関するガイドライン」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の救命処置は、AEDの音声案内と、119番の通信指令員・消防・自治体等の指示に従ってください。講習会での練習をおすすめします。