雨が降る前に、なぜ頭や古傷が痛むの?
― 体は、ビル数十階ぶんの気圧の変化を感じとっています
「雨が近いと、ひざが痛む」「台風の前は頭が重い」。昔から言われてきたこの話は、ただの気のせいではないかもしれません。低気圧が近づくと、私たちのまわりの空気の重さは、高いビルに上ったのと同じくらい軽くなります。その小さな変化を、耳の奥が感じとっていると考えられています。
朝起きると、なんとなく頭が重い。こめかみがずきずきする。窓の外はまだ晴れているのに、天気予報を見ると「午後から雨」とあります。
家族のだれかは「昔けがをした足首が、うずくんだよね」と言います。雨が降りだす前から、体のほうが先に気づいているようです。
空はまだ何も変わっていないのに、体は何を感じているのでしょうか。
体が「雨の前」に気づく理由は、2つあります
低気圧が近づくと、空気が上から押す力が弱まります。ふつうの低気圧でも、高さ100メートル近いビルに上ったのと同じくらいの変化です。
耳の奥には、体の傾きや回転を感じる器官があります。ここが気圧の変化にも反応し、体の調子を整える神経をゆらすと考えられています。
このように、天気の変化で頭痛やめまい、古傷の痛みが出ることは「天気痛」や「気象病」と呼ばれています。順番に見ていきましょう。
低気圧が来ると、ビルに上ったのと同じことが起きる
私たちは、頭の上に何キロメートルも積み重なった空気の底で暮らしています。その空気の重さで押される力が「気圧」です。ふだんの地上の気圧は、およそ1013ヘクトパスカルです。
高い所へ上ると、頭の上の空気が減るので、気圧は下がります。地面の近くでは、およそ8〜9メートル上るごとに1ヘクトパスカル下がります。
一方、低気圧が近づくと、その場所にいるだけで気圧が下がります。ふつうの低気圧でも、1日で10〜20ヘクトパスカルほど下がることは珍しくありません。強い台風が真上を通ると、50ヘクトパスカル以上下がることもあります。
図1のつまみを動かしてみてください。10ヘクトパスカル下がるのは、およそ85メートルのビルに上るのと同じです。強い台風なら、東京タワーより高い所へ上ったのに近い変化になります。
ただし、ここにふしぎな点があります。エレベーターで10階まで上ると、気圧は数十秒で3〜4ヘクトパスカル下がります。変化の速さで比べると、低気圧よりずっと急です。それでも、エレベーターで頭が痛くなる人はまずいません。
つまり天気痛は、気圧の「速い変化」ではなく、何時間もかけた「ゆっくりした変化」と関係しているようです。ここが、天気痛のなぞの中心です。
耳の奥のセンサーが、体の調子をゆらす
耳の奥には「内耳」と呼ばれる場所があります。音を聞く器官のとなりに、体の傾きや回転を感じる器官が並んでいます。乗り物酔いのときに「目と耳の報告が食い違う」と言われる、あの耳です。
日本の研究者たちは、慢性的な痛みを持つネズミを、気圧を下げられる部屋に入れて調べました。気圧を下げると痛がる反応が増えましたが、内耳をこわしたネズミでは増えなかったと報告されています。このことから、内耳が気圧の変化を感じる入口ではないかと考えられるようになりました。
内耳からの知らせは、脳の中で、心拍や血管の太さを自動で整える「自律神経」にも伝わります。この神経のバランスがゆれると、血管が広がって頭がずきずきしたり、もともと弱っている所の痛みが強まったりすると考えられています(図2)。
古傷が痛む理由には、ほかの説もあります。けがのあとの組織は、まわりの圧力の変化で少しふくらみやすい、というものです。どれか1つではなく、いくつかが重なっているのかもしれません。
イギリスでは、慢性的な痛みを持つ1万人以上が、スマートフォンで毎日の痛みを記録する研究が行われました。湿度が高く、気圧が低く、風が強い日に、痛みが少し増える傾向があったと報告されています。気温との関係は、はっきりしなかったそうです。
じゃあ、どうすればいいの?
天気痛が出やすい人は、天気予報の気圧の変化を見ておくと、心の準備ができます。早めに休む、睡眠を十分にとるなど、自律神経を整える工夫がすすめられています。耳のまわりを温めるとよいという考え方もあります。
ただし、いつもと違う激しい頭痛や、急に起きた強い頭痛は、天気のせいにしてはいけません。迷わず医療機関に相談してください。
まとめ
低気圧が近づくと、その場にいるだけで、数十階建てのビルに上ったのと同じくらい気圧が下がります。耳の奥の器官がこのゆっくりした変化を感じとり、自律神経をゆらすことで、頭痛や古傷の痛みが強まると考えられています。
雨の前に痛むのは、気のせいではないかもしれない。
体は、空気の重さが少し軽くなったことを、耳の奥で聞いています。
耳と気圧の関係は「飛行機が着陸する前に、なぜ耳が痛くなるの?」、内耳のはたらきは「なぜ乗り物に酔うの?」でもくわしく紹介しています。
- 気圧計がついたスマートフォンなら、気圧を表示するアプリで今の値を見ます。エレベーターで数階上り下りすると、数字が動くのが分かります。
- 毎朝と毎晩、同じ場所で気圧を記録します。天気予報で低気圧が近づくと、1日で10ヘクトパスカル以上下がる日があります。
- 同じ日に、頭の重さや体の調子も「よい・ふつう・わるい」の3段階で書いておきます。2〜3週間続けて、気圧のグラフと並べてみましょう。
自分の体がどんな天気に弱いかが分かると、前もって休む計画が立てられます。気圧計のない機種でも、天気予報の気圧の数字で同じ記録ができます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎・地学基礎・生物基礎」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(気象学・神経生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 気圧(大気圧):頭の上にある空気の重さで押される力。単位はヘクトパスカルで、地上ではおよそ1013ヘクトパスカル。
- 天気痛・気象病:天気の変化によって、頭痛・めまい・関節の痛みなどが出たり強まったりすること。正式な病名ではなく、症状のまとまりを指す呼び名。
- 内耳と自律神経:内耳は耳の奥にある、音と体の傾き・回転を感じる器官。自律神経は、心拍や血管の太さなどを意識せずに整える神経。
中学高校式で確かめる:低気圧の気圧低下は、高さ何メートルぶん?
低気圧で下がった気圧が、同じ場所にとどまったままで「何メートル上ったのと同じか」を計算します。地面近くの空気の層の重さを考えます。
| 記号で書くと | Δp = ρ × g × h (だから h = Δp ÷ ( ρ × g )) |
| 言葉で書くと | 気圧の差 = 空気の密度 × 重力加速度 × 高さの差 |
| どこから来る式か | 厚さ h の空気の層の重さが、その上と下の気圧の差とつり合う(静水圧のつり合い)。水中で深くなるほど水圧が増えるのと同じ式 |
| 地上付近の空気の密度 ρ | 約1.2 kg/m³(単位はキログラム毎立方メートル) |
| 重力加速度 g | 9.8 m/s² |
| ふつうの低気圧で下がる気圧 Δp | 10ヘクトパスカル = 1000 パスカル |
| 強い台風で下がる気圧 | 50ヘクトパスカル = 5000 パスカル |
| 高さ1 mあたりの気圧の差(ρ × g) | 1.2 × 9.8 = 11.76 パスカル |
| ふつうの低気圧(10ヘクトパスカル)の高さ | 1000 ÷ 11.76 ≒ 85 m |
| 強い台風(50ヘクトパスカル)の高さ | 5000 ÷ 11.76 ≒ 425 m |
| エレベーターで30 m上ったときの気圧の差 | 11.76 × 30 ≒ 353 パスカル |
| エレベーターの変化の速さ(30秒で上った場合、1秒あたり) | 353 ÷ 30 ≒ 11.8 パスカル |
| 低気圧の変化の速さ(1日=86400秒で10ヘクトパスカル、1秒あたり) | 1000 ÷ 86400 ≒ 0.0116 パスカル |
| 速さの比(エレベーター ÷ 低気圧) | 11.8 ÷ 0.0116 ≒ 1017 |
ふつうの低気圧は約85 m、強い台風は東京タワーを超える約425 mの上昇に相当します。一方、変化の速さはエレベーターのほうがおよそ1000倍も急です。それでもエレベーターで天気痛は起きないので、体は「ゆっくり長く続く変化」に反応していると考えられます。高く上ると空気が薄くなる効果は、この範囲では数パーセントなので、目安としては十分です。
高校高校+気圧はなぜ高さで下がるのか、内耳は何を感じるのか
高校気圧は、その場所より上にある空気の柱の重さで決まります。上るほど柱が短くなるので、気圧が下がります。地学基礎では、低気圧の中心に向かって周りから風が吹き込み、上昇気流ができて雲が生まれることを学びます。これが「低気圧が来ると雨」の理由です。
高校+内耳の中は、リンパ液という液体で満たされています。体の傾きや回転は、この液の動きを毛のある細胞が感じとることで知らされます。気圧の変化がこの液や膜にわずかな影響を与え、それが信号として脳に伝わるのではないか、というのが内耳説の考え方です。
大学静水圧平衡と、前庭から自律神経への経路
上の式は、大気の静水圧平衡の式そのものです。高さとともに空気の密度も下がることまで考えると、気圧が高さとともに指数関数的に減る測高公式(気圧高度式)が得られます。生理学の側では、内耳の前庭器官から脳幹の前庭神経核へ届いた信号が、自律神経系の中枢に影響すると考えられています。天候で症状が出る状態全体は気象病と呼ばれ、片頭痛・関節の痛み・めまいなどが対象として研究されています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:静水圧平衡(ウィキペディア) / 気象病(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- なぜ「ゆっくりした変化」に反応するのか。 エレベーターのほうが変化はずっと急なのに、天気痛は起きません。変化の大きさ・速さ・続く時間のどれが効いているのかは、まだ分かっていません。
- 内耳のどこが、どうやって気圧を感じるのか。 動物実験で内耳が関わることは示されましたが、人の内耳のどの細胞が気圧の変化を拾うのかは、はっきりしていません。
- 人による差はどこから来るのか。 同じ天気でも、強く感じる人とまったく感じない人がいます。人を対象にした調査でも、関係が見つかるものと見つからないものがあり、結果はそろっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。天気痛は、昔からの言い伝えが科学で確かめられつつある途中の話題です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「気象とその変化」(大気圧・低気圧) | 気圧は空気の重さ、低気圧で気圧が下がる |
| 高校 | 物理基礎「圧力」、地学基礎「大気の構造」、生物基礎「自律神経」 | 式で確かめる、内耳と自律神経 |
| 高校+ | 生物「受容器(平衡受容器)」 | 内耳のリンパ液と、毛のある細胞 |
| 大学 | 気象学(静水圧平衡・測高公式)、神経生理学(前庭系・自律神経系) | 大学の節 |
| 研究 | 気象医学・痛みの研究 | ゆっくりした変化への反応、人による差 |
| ― | 生活とのつながり | 気圧の予報を見て、早めに休む・体調の記録をつける |
- Dixon WG ほか「How the weather affects the pain of citizen scientists using a smartphone app」npj Digital Medicine(2019)
- 佐藤純 ほか、気圧低下が痛みの反応を強めることと内耳の関与を調べた動物実験の報告(名古屋大学環境医学研究所・愛知医科大学ほか)
- 気象病 ― ウィキペディア
- 静水圧平衡 ― ウィキペディア
- 気象庁「気圧」「低気圧」に関する解説(気象庁ホームページ「知識・解説」)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。症状の感じ方には大きな個人差があります。いつもと違う強い頭痛や、続く痛みがあるときは、医療機関に相談してください。