磯釣りの名人は、なぜ釣る前にしばらく海をながめるの?
― 大きな波は、何本かまとまって「セット」でやってきます
海の波は、同じ高さで順番に来るわけではありません。静かな時間が続いたあと、大きな波が数本まとまってやってきます。そして、長く見ていればいるほど、もっと大きな波に出会います。ベテランの釣り人が岩場に立つ前に海をながめるのは、この2つを体で知っているからです。
秋の朝、防波堤の先へ釣りに来ました。波は足もとのずっと下で、小さく打ち寄せているだけです。「今日は穏やかだな」と思って、すぐに道具を広げたくなります。
ところが、となりのベテランの釣り人は、竿も出さずにしばらく海を見ています。10分ほどたったころ、それまでより明らかに大きな波が3本、4本と続けて来ました。白いしぶきが、さっきまで乾いていた足もとの岩をぬらします。
そして、また静かな海に戻りました。名人は、ぬれた岩の線より後ろに立って、ようやく釣りを始めます。あの「まとまって来る大きな波」は、偶然なのでしょうか。
名人が海をながめる理由は、2つあります
遠くから届くうねりは、1種類ではありません。周期が少しだけ違ううねりが重なると、山と山がそろう時間と、打ち消し合う時間が交互に来ます。そろった時間帯が、大きな波の「セット」です。
波の高さはばらばらで、ときどき飛びぬけて高い波がまじります。数が多いほど、その「まれな波」に当たる機会が増えます。10分で見た最大の波は、その日の最大ではありません。
1つめは「いつ来るか」、2つめは「どこまで来るか」の話です。順番に見ていきましょう。
理由1:周期の違ううねりが重なると、波は「まとまり」をつくる
海岸に届くうねりは、何百kmも離れた海で風が起こした波です。風の吹いた場所や時間がいくつもあるので、周期(山から次の山までの時間)が少しずつ違ううねりが、同時に届きます。
図1を見てください。上の段は、周期10秒のうねりと、周期11秒のうねりです。最初は山と山がそろっていますが、1本ごとに1秒ずつずれていきます。5本ほど進むと、片方の山がもう片方の谷に重なります。
下の段は、この2つを足したものです。山がそろう時間には波が大きくなり、山と谷が重なる時間には、ほとんど平らになります。これが約110秒ごとにくり返されます。サーファーはこの大きな波のまとまりを「セット」と呼び、そのあいだの静かな時間を「ラル」と呼ぶことがあります。
実際の海では、うねりは2つどころではなく、たくさん重なっています。そのためセットの間隔は時計のように正確ではなく、数分から十数分とばらつきます。それでも「静かな時間のあとに、大きな波がまとまって来る」という形は、ほとんどの海で見られます。
ここに落とし穴があります。静かな時間に海に着いた人は、「今日は穏やか」と判断してしまいます。名人が数分では足りず、10分以上ながめるのは、少なくとも1回はセットを見てから立ち位置を決めるためです。
理由2:長く見ているほど、もっと大きな波に出会う
セットの中の波も、すべて同じ高さではありません。波の高さは、サイコロの目のようにばらつきます。ほとんどは平均のまわりですが、ときどき飛びぬけて高い波がまじります。
天気予報の「波の高さ2m」は、じつはすべての波の平均ではありません。高いほうから3分の1の波だけを選んで平均したもので、「有義波高」と呼ばれます。人が目で見て「このくらいの波だ」と感じる高さに近いとされています。
図2を見てください。有義波高を1としたとき、見ている時間のうちに出会う最大の波の目安を、横棒で示しました。10分なら約1.4倍、3時間なら約1.9倍です。気象庁の解説でも、最大の波は有義波高の2倍近くになることがあるとされています。
つまり、10分ながめて見た「いちばん大きな波」も、安心の目安にはなりません。名人は、ぬれた岩の線より後ろに立ち、さらに余裕をとります。何時間も同じ場所にいれば、見たことのない高さの波が来るのは、ふしぎなことではないからです。
「大波は7回に1回来る」という言い伝えがあります。セットのまとまりがあるので、「何本かおきに大きい」という感覚そのものは正しいといえます。ただし、決まって7本目という規則はありません。何本目かは、その日に重なっているうねりの周期の組み合わせで変わります。
沖のセットをよく見ると、1本1本の波がセットの後ろから現れ、前へ進んで先頭で消えていくのが分かることがあります。深い海では、波のまとまりは1本1本の波の半分の速さでしか進まないためです。
じゃあ、どうすればいいの?
- 着いたら、すぐに先端へ行かない10分以上海をながめて、セットが来るのを1回は見てから場所を決めます。
- ぬれた岩より、さらに後ろに立つぬれた跡は、少し前の波が届いた場所です。何時間もいれば、それより高い波が来ることがあります。
- 人がさらわれたら、飛び込まない浮くものを投げ、118番(海上保安庁)か119番に通報します。
風の弱い晴れた日でも、遠くの台風や低気圧からのうねりは届きます。そういう日はラルの時間が長く、海が穏やかに見えがちです。高波の予報や注意報が出ている日は、磯や防波堤の先端に近づかないでください。波にさらわれた人を見ても、自分が飛び込んで助けに行くのはやめてください。クーラーボックスなど浮くものを投げ、すぐに118番か119番へ通報します。ライフジャケットは、釣りの日にいつも着けておきます。
まとめ
海の波は、周期の少し違ううねりが重なってできています。そのため、大きな波がまとまって来るセットと、静かなラルが交互に来ます。さらに、波の高さはばらつくので、長くいるほど大きな波に出会います。名人が海をながめるのは、この2つを経験で知っているからです。
穏やかに見える海は、次のセットを待っているだけかもしれません。
10分ながめて、見た最大の波より、さらに後ろに立ちましょう。
うねりがどこから来るのかは「風もないのに、なぜ急に高い波が来るの?」で、浜から沖へ流される流れは「離岸流」の記事で解説しています。水面の波の広がり方は「池に石を投げると、なぜ丸い輪が広がっていくの?」もどうぞ。
- 砂浜の、波が届かない高い場所に座ります。岩場や防波堤ではなく、砂浜の後ろのほうで行ってください。
- 波打ちぎわに届く波を、1本ずつ「大・中・小」とメモします。時計で時刻も書きます。
- 20分ほど続けて、「大」がまとまって来た時刻を見くらべます。セットの間隔は何分でしたか。1セットに大きな波は何本ありましたか。
日によって、セットの間隔や本数が変わるはずです。遠くに台風がある時期は、周期の長いうねりが届いて、セットがはっきりすることがあります。高波の予報が出ている日には行わないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(海岸工学・海洋物理学・確率統計)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 周期:波の山が来てから、次の山が来るまでの時間。海のうねりでは10秒前後のことが多いとされています。
- 波群(セット):大きな波が数本まとまったもの。専門用語では「波群」と呼びます。
- 有義波高:高いほうから3分の1の波の高さの平均。天気予報の「波の高さ」はこれです。
中学高校式で確かめる:セットの間隔と、出会う最大の波
周期10秒と11秒のうねりが重なったときのセットの間隔を求めます。さらに、有義波高に対して、10分と3時間で出会う最大の波の目安を計算します。
| 記号で書くと | T群 = T1 × T2 ÷ (T2 − T1) / H最大 ≒ H有義 × √( ln N ÷ 2 ) |
| 言葉で書くと | セットの間隔 = 2つの周期の積 ÷ 周期の差。最大の波 ≒ 有義波高 × (波の本数の自然対数 ÷ 2)の平方根 |
| どこから来る式か | 1つめは「うなり」の式です。1秒あたりの山の数の差だけ、山がそろう回数が生まれます。2つめは、波の高さがレイリー分布という形でばらつくとき、N本の中の最大の波として最も起こりやすい高さです。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| T1、T2 | 2つのうねりの周期(秒) |
| T群 | セットがくり返す間隔(秒) |
| H有義 | 有義波高(m)。予報の波の高さ |
| N | 見ているあいだに来る波の本数 |
| うねり1の周期 | 10秒 |
| うねり2の周期 | 11秒 |
| 波の平均の周期(本数を数える目安) | 10秒 |
| 60 の自然対数 | 約4.09 |
| 1080 の自然対数 | 約6.98 |
| 2つの周期の積 | 10 × 11 = 110 |
| 周期の差 | 11 − 10 = 1 |
| セットの間隔(秒) | 110 ÷ 1 = 110 |
| 1回のくり返しに入る波の本数 | 110 ÷ 10.5 ≒ 10.5 |
| 10分(600秒)に来る波の本数 | 600 ÷ 10 = 60 |
| 10分:自然対数を2でわる | 4.09 ÷ 2 ≒ 2.05 |
| 10分:その平方根(最大の波の倍率) | 約1.43 |
| 3時間(10800秒)に来る波の本数 | 10800 ÷ 10 = 1080 |
| 3時間:自然対数を2でわる | 6.98 ÷ 2 = 3.49 |
| 3時間:その平方根(最大の波の倍率) | 約1.87 |
| 3時間の最大は、10分の最大の何倍か | 1.87 ÷ 1.43 ≒ 1.31 |
周期がたった1秒違うだけで、約110秒ごと、つまり2分弱おきにセットが来ます。また、有義波高1mの日なら、10分で見る最大の波は約1.4m、3時間では約1.9mが目安です。10分で見た最大の波より、さらに3割ほど高い波を想定しておく必要があります。
高校高校+うなりと、波の重ね合わせ
高校高校物理では、振動数が少し違う2つの音を同時に鳴らすと、音が大きくなったり小さくなったりする「うなり」を習います。1秒あたりのうなりの回数は、2つの振動数の差に等しくなります。海のセットは、これと同じ重ね合わせの原理が、周期10秒という大きな時間の尺度で起きているものです。
高校+実際の海では、周期の違う無数の成分が、ばらばらの位相で重なっています。このときも波の高さの「つつみ」はゆっくり上下し、波群ができます。成分の周期の幅が狭いほど(うねりのようにそろっているほど)、セットははっきりし、1セットの本数も多くなるとされています。
大学レイリー分布、波群の統計、群速度
周期の幅が狭い海の波では、波の高さはレイリー分布にしたがうことが知られています。これを示したのは、1952年のロンゲット=ヒギンズの研究です。この分布から、有義波高や、N本の中の最大波高の期待値が導かれます。
セットの長さや本数を扱う分野は波群統計と呼ばれ、港の設計にも取り入れられています。また、深い海の水面波では群速度が位相速度の半分になります。そのため、1本1本の波は波群の後ろで生まれ、前で消えていきます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:群速度(ウィキペディア) / 気象庁「波浪の知識」
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 一発大波のしくみ。 レイリー分布から予想されるよりも、ずっと高い波がまれに現れます。波どうしがエネルギーを集めあう非線形の効果が有力とされていますが、どこでいつ起きるかは予測できていません。
- 岸での高波の予測。 沖の波の予報は精度が上がっていますが、磯や防波堤の形によって、打ち上がる高さは大きく変わります。場所ごとの危険度を前もって示す方法は、まだ研究が続いています。
- セットの予知。 沖の波を観測して、数分後に岸へ来るセットを知らせる試みがあります。実用になるかどうかは、まだ確かめられている段階です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の計算は、波の高さが典型的な分布にしたがう場合の目安で、実際の海ではこれを超える波も起こりえます。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科1分野「音」、波の周期 | 周期、セットとラル |
| 高校 | 物理「波の重ね合わせ・うなり」 | 図1、セットの間隔の式 |
| 高校+ | 物理の発展、数学「確率」 | たくさんの成分の重ね合わせ |
| 大学 | 海岸工学・海洋物理学・確率統計 | レイリー分布、波群統計、群速度 |
| 研究 | 非線形波動論・沿岸防災 | 一発大波、岸での高波の予測 |
| ― | 生活とのつながり | 釣り・磯遊び・サーフィンでの立ち位置の決め方 |
- 気象庁「波浪の知識」(波高・周期・有義波高の説明)
- ウィキペディア「群速度」
- Longuet-Higgins, M. S. (1952). On the statistical distribution of the heights of sea waves. Journal of Marine Research, 11, 245–266.
- 合田良実『港湾構造物の耐波設計 ― 波浪工学への序説』鹿島出版会(波群・最大波高の統計についての標準的な解説)
- 海上保安庁「ウォーターセーフティガイド」(釣り・磯遊びの安全についての案内)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。実際の波の高さは場所や日によって大きく変わります。海に出かけるときは、気象庁の波浪予報・注意報、海上保安庁や自治体等の指示に従ってください。