歯は体でいちばんかたいのに、なぜ虫歯で溶けてしまうの?
― 毎日溶けて、毎日戻っています
歯の表面は、鉄よりもひっかき傷がつきにくいほどかたい組織です。それなのに、口の中では毎日少しずつ溶けています。じつは「かたい」ことと「溶けにくい」ことは、まったく別の性質です。そして歯の表面では、溶ける反応と、元に戻る反応が、いまこの瞬間もせめぎ合っています。
歯でせんべいを噛み砕いても、歯のほうは欠けません。氷を噛んでも平気です。歯は、体の中でいちばんかたい部品です。
ところが同じ歯が、甘いものを食べ続けているうちに、いつのまにか穴が開いてしまいます。かたい石に、いつのまにか穴が開いたようなものです。
力ではびくともしないのに、なぜ静かに溶けてしまうのでしょうか。
理由は、大きく2つです
歯の表面は、カルシウムとリン酸でできた鉱物の結晶がぎっしり詰まったものです。結晶なので、ひっかいたり噛んだりする力にはとても強くなります。ところがこの鉱物は、酸に出会うと溶ける性質をもっています。力に強いことと、化学的に強いことは、別々の話なのです。
歯は溶けっぱなしではありません。だ液にはカルシウムとリン酸が溶けていて、酸がなくなると、それが歯の表面に戻って結晶を作り直します。つまり口の中では、溶ける向きと戻る向きの綱引きが毎日くり返されています。穴が開くのは、綱引きが溶ける側に傾いた時間が積み重なったときです。
この2つを、順番に見ていきます。まず「かたいのに酸に弱い」という、少し意外な組み合わせからです。
歯の表面は、ほとんどが鉱物でできています
歯の外側の層をエナメル質といいます。エナメル質は、重さのおよそ96%が無機物、つまり鉱物だとされています。残りが水と、わずかなたんぱく質です。体の他の部分、たとえば骨は3分の1ほどがたんぱく質でできていますから、エナメル質は体の中でも例外的に「石に近い」組織です。
この鉱物は、カルシウムとリン酸が規則正しく並んだ結晶です。ぎっしり詰まった結晶は、ひっかき傷のつきにくさでいうと水晶と同じくらいだとされています。噛む力に負けないのは、このためです。
ところが、この結晶には弱点があります。まわりが酸性になると、結晶からカルシウムとリン酸が水の中へ抜け出してしまうのです。これを脱灰といいます。抜け出す量は、酸の強さと、酸性でいる時間で決まります。
口の中の酸は、外から入ってくるだけではありません。歯にすみついた細菌が、食べ物の糖を分解して酸を作ります。つまり甘いものを食べると、歯のすぐ表面で酸が作られるのです。
食後、口の中の酸性度はこう動きます
図1は、食事のあとに口の中の酸性度がどう変わるかを表したものです。ふだんのだ液は中性に近いのですが、糖を口にすると数分で急に酸性へ傾き、その後ゆっくり戻っていきます。
グラフの中ほどに引いた横向きの点線が、歯が溶け始める境目です。この点線より下にいる時間だけ、歯は溶ける側に傾いています。上の実線のように1回で食べ終えれば、下にいる時間は短くて済みます。ところが下の破線のように少しずつ何度も口にすると、戻りきる前にまた下がり、点線の下にいる時間がずっと長くなります。
溶けた分は、だ液が戻してくれます
ここで大事なのは、脱灰が起きても、すぐ穴が開くわけではないという点です。だ液には、カルシウムとリン酸がもともと溶けています。酸がうすまって中性に近づくと、その成分が歯の表面に戻り、結晶を作り直します。これを再石灰化といいます。
図2は、この出入りを表したものです。左は酸があるときで、矢印は歯の表面から外へ向いています。右は酸が引いたあとで、矢印は外から歯の表面へ向いています。同じ場所で、向きだけが入れ替わっているのが分かります。
骨の中には、古い部分を壊す細胞と、新しく作る細胞がいて、何年かかけて全体を入れ替えています。ところがエナメル質には細胞がいません。生えそろったあとは、体の側から作り直すしくみがないのです。だから歯の修復は、だ液からの再石灰化という、化学だけに頼った細い道になります。一度大きな穴になると自然には戻らないのは、このためです。
細菌が作る酸だけでなく、飲み物そのものの酸でも脱灰は起こります。かんきつ類の飲料や炭酸飲料は、それ自体がかなり酸性だとされています。砂糖が入っていない飲み物でも、酸性であればゆっくり口に含み続けるのは歯にとって不利です。
まとめ
歯がかたいのは、鉱物の結晶がぎっしり詰まっているからです。そして虫歯で溶けるのも、それが鉱物だからです。力に強いことと、酸に強いことは別の性質でした。歯の表面では、溶ける反応と戻る反応がいつも競っています。決め手になるのは、食べた量よりも、酸性でいた時間の合計です。
歯は「すり減っていく」のではなく、
毎日溶けて、毎日戻っています。
同じカルシウムでできていても、骨は細胞が作り替えます。そのしくみは骨は、なぜ何年かごとに作り替えられているの?で説明しました。歯ぐきや象牙質を支えるコラーゲンの話はビタミンCが足りないと、体はどうなるの?とつながります。
- 使い終わった卵の殻を1かけ用意します。卵の殻も炭酸カルシウムという鉱物で、酸に溶ける点が歯と似ています。
- コップに食酢を入れ、殻を沈めます。数分で表面から細かい泡が出はじめ、殻がだんだんうすくなります。これが脱灰と同じ向きの反応です。
- 別のコップに水を入れ、同じ殻を沈めて置いておきます。こちらは何時間経っても泡が出ません。溶けるかどうかを決めているのが「かたさ」ではなく「酸かどうか」だと分かります。
※食酢が目に入らないよう気をつけてください。実験に使った殻や酢は口に入れず、そのまま捨てます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎・化学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(無機化学・生体材料学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 脱灰:酸によって、歯の結晶からカルシウムとリン酸が周りの水へ抜け出すこと。
- 再石灰化:抜け出した成分が、だ液から歯の表面へ戻って結晶を作り直すこと。
- ハイドロキシアパタイト:エナメル質や骨をつくっている、カルシウムとリン酸からなる鉱物の名前。
中学高校式で確かめる:酸性度が2下がると、酸はどれだけ濃くなるのか
下の表で使う記号の意味は、次のとおりです。
| pH | 酸性・中性・アルカリ性の度合いを表す数。単位はありません。小さいほど酸性が強くなります |
| 分 | 時間の単位。ここでは酸性に傾いている長さを表します |
| % | 全体を100としたときの割合。エナメル質の成分の比に使います |
| ふだんのだ液の酸性度 | およそ 7.0 とされる |
| 糖を口にした直後の酸性度 | およそ 5.0 とされる |
| 歯が溶け始める酸性度 | およそ 5.5 とされる |
| 1回の飲食で酸性に傾く時間 | およそ 20 分とされる |
| 酸性度がどれだけ下がったか | 7.0 − 5.0 = 2.0 |
| 酸の濃さは何倍か(1下がるごとに10倍) | 10 × 10 = 100 |
| 1日に4回口にしたときの、溶ける側の時間 | 20 × 4 = 80 |
酸性度が2下がるだけで、酸の濃さは100倍になります。そして1日4回なら、歯が溶ける側に傾く時間は合計80分、つまり1時間20分にもなります。回数を減らすことが、そのまま時間を減らすことになります。
高校高校+溶ける・戻るは、同じ反応の向きちがいです
高校固体が水に溶ける反応は、溶ける向きと結晶に戻る向きが同時に進む平衡です。まわりの水に、その固体を作る成分がどれだけ溶けているかで、どちらへ傾くかが決まります。だ液にカルシウムとリン酸がもともと溶けているのは、歯を溶けにくい側に保つためだと考えられています。
高校+酸が加わると、リン酸のイオンが水素イオンと結びついて別の形になります。すると溶けている成分が実質的に減り、平衡は溶ける向きへ動きます。酸が歯を溶かすのは、歯を直接壊すからではなく、この綱引きの相手を横取りするからです。
大学結晶の性質が、溶ける速さを変えます
エナメル質の結晶には、カルシウムやリン酸の一部が炭酸などに置き換わった不完全な場所があります。こうした場所は溶けやすく、脱灰はそこから始まります。逆に、フッ化物が取り込まれた結晶はより溶けにくくなるとされ、これがフッ化物入りの歯みがき剤が広く使われている理由です。生体材料学では、こうした置き換えのしやすさと溶けやすさの関係が扱われます。
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- どこまで戻せるのか。 表面のごく浅い脱灰が再石灰化で戻ることは知られていますが、どの深さまでなら元の強さに戻るのか、境目ははっきりしていません。
- だ液の個人差。 だ液の量や成分は人によってかなり違い、それが虫歯のなりやすさをどこまで説明するのかは、まだ検討が続いています。
- 口の中の細菌の組み合わせ。 酸を作る細菌は1種類ではありません。どの組み合わせがそろうと脱灰が進みやすいのか、全体像は分かっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。歯の状態や治療については、歯科医師の診断に従ってください。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科(酸とアルカリ、物質の溶解) | 酸で鉱物が溶けるところ |
| 高校 | 化学基礎(酸性度と水素イオンの濃さ) | 2下がると100倍になる計算 |
| 高校+ | 化学(溶解平衡・溶解度積) | 溶ける向きと戻る向きの綱引き |
| 大学 | 無機化学・生体材料学 | 結晶の不完全な場所とフッ化物の働き |
| 研究 | 口の中の生化学・微生物の生態 | だ液の個人差と細菌の組み合わせ |
| ― | 生活とのつながり | 食べる回数を減らすほうが、量を減らすより効く |
- 厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット」(歯・口腔の健康)
- 日本歯科医師会「テーマパーク8020」歯と口の健康に関する解説ページ
- Featherstone, J.D.B. "The Continuum of Dental Caries - Evidence for a Dynamic Disease Process", Journal of Dental Research, 2004
- Stephan, R.M. "Intra-oral Hydrogen-ion Concentrations Associated with Dental Caries Activity", Journal of Dental Research, 1944
- Nanci, A. "Oral Histology: Development, Structure, and Function"(歯の組織学の標準的な教科書)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。歯の痛みや変色など気になる症状があるときは、自己判断せず歯科医師の診察を受けてください。