強化ガラスの鍋ぶたや食器は、なぜ突然くだけ散るの?
― ガラスの中には、いつも引っぱられている「芯」があります
強化ガラスは、ふつうのガラスより数倍じょうぶです。ところが、ある日なにもしていないのに「パンッ」と音を立てて、全体が細かい粒になることがあります。じょうぶさの正体である「中にため込んだ力」が、そのまま砕け方の激しさにもなっているのです。
夕食のあと、台所でガラスのふたを棚に戻した瞬間。あるいは、誰も触れていない夜中の浴室。とつぜん大きな破裂音がして、ガラスが一面のひびに変わっています。
床を見ると、散らばっているのは鋭い破片ではありません。角の丸い、氷砂糖のような小さな粒です。
「ぶつけてもいないのに、なぜ?」「なぜ一部ではなく、全部が一度に?」。この2つの疑問には、同じひとつの答えがあります。
突然くだける理由は、2つだけ
強化ガラスは、熱いうちに表面だけを急に冷やして作ります。すると表面が強く押し縮められた状態で固まり、ふつうの傷では割れにくくなります。
表面を押す力とつり合うように、ガラスの芯は常に引っぱられています。傷や異物がこの芯に届くと、ため込まれた力が一気に解放されます。
つまり強化ガラスは、内側に力を閉じ込めたまま静かに立っている板です。順番に見ていきましょう。
強化ガラスの中は、どうなっているの?
強化ガラスは、ガラスを600℃あまりに熱し、表面に空気を吹きつけて急に冷やして作るとされています。表面が先に固まり、あとから芯がゆっくり冷えて縮みます。縮む芯が、すでに固まった表面を内側へ引き込みます。
こうして、表面は押し縮められ、芯は引っぱられたまま固まります。ガラスは押されることにはとても強く、引っぱられることに弱い材料です。割れはいつも、表面の小さな傷が引っぱられて口を開くところから始まります。表面を押し縮めておけば、その傷が開きにくくなるわけです。
図1を見てください。左が厚さ4ミリの強化ガラスの断面、右がその中の力の分布です。押し縮められた層は、表と裏にそれぞれ厚さの約2割しかありません。つまみで表面の傷を深くしていくと、ある深さを越えたところで傷の先が「引っぱられている芯」に入ります。
なぜ「一部」ではなく「全部」が砕けるの?
ふつうのガラスは、割れても力をため込んでいないので、ひびが数本走って止まります。強化ガラスの芯は、板全体にわたってずっと引っぱられています。いったん芯でひびが走り出すと、行く先々で引っぱる力がひびを押し広げます。ひびは枝分かれしながら、ほぼ一瞬で板の端まで広がります。
図2を見てください。左のふつうのガラスは大きく鋭い破片に、右の強化ガラスは小さな粒になります。粒になるのは、ため込んだ力が細かく枝分かれするひびに使われるからです。手を深く切りにくいように、規格では一定の範囲に一定数以上の粒に割れることが求められています。
なにもしていないのに割れるのは、なぜ?
「ぶつけていないのに割れた」場合、多くは過去にできた傷が原因と考えられています。金属のヘラやシンクの角に当てたときの小さな欠けが、芯の近くまで達していることがあります。ガラスの傷の先は、空気中の湿気でゆっくりと深くなる性質があります。数日後、数か月後に限界を越えて割れることがあるのです。
もう1つ、まれな原因として知られているのが、ガラスの中に混じった「硫化ニッケル」というごく小さな粒です。この粒は、作られたあと長い時間をかけて結晶の形が変わり、わずかにふくらみます。芯の中でふくらむと、そこからひびが走ります。建物の窓ガラスでは、あらかじめ約290℃で数時間温めて、この粒を含む板を工場で割っておく処理が行われることがあります。
耐熱ガラスは、温度が変わってもほとんど伸び縮みしない成分で作ったガラスです。強化ガラスは、ふつうの成分のまま、中に力を閉じ込めてじょうぶにしたガラスです。鍋ぶたやコップの表示を見ると、どちらなのかが書かれています。強化ガラスは、急な温度変化にも割れにくくなっていますが、欠けや深い傷には弱いという別の顔を持っています。
じゃあ、どうすればいいの?
- 欠けたものは使わないふちの小さな欠けでも、芯の近くまで届いていることがあります。見つけたら新しいものに替えます。
- 硬いものに当てない金属のヘラ、シンクの角、コンロのごとくに、ふちをぶつけないようにします。
- 割れたら、まず離れて足を守る粒は遠くまで飛びます。靴をはき、手袋をして集め、細かい粒は掃除機や粘着テープで取ります。
強化ガラスの粒は角が丸いものの、とがった粒も混じります。顔をのぞき込まないでください。目に入ったと思ったら、こすらずに水で流し、すぐに眼科を受診してください。出血が止まらないなど重いケガのときは、ためらわず119番に連絡してください。
まとめ
強化ガラスは、表面を押し縮め、芯を引っぱった状態で固めることでじょうぶになっています。守りの層は厚さの約2割しかありません。傷や異物がその奥の芯に届くと、閉じ込めていた力が一気に解放され、板全体が粒になって砕けます。
強さの正体は、閉じ込めた力。
だから砕けるときは、一度に全部。
温度差で石や氷が割れるしくみは冷凍庫の氷がピキピキ割れる理由やかまどの石が割れて飛ぶ理由で紹介しています。割れ目を「回り道」させてじょうぶにする自然の工夫は貝殻の内側が割れにくい理由で紹介しています。
- 晴れた日に、偏光サングラス(反射を抑えるタイプ)をかけて、車の後ろの窓ガラスを見てみます。
- 首をゆっくり傾けたり、見る角度を変えたりすると、水玉や縞のような模様がうっすら浮かびます。これは、冷やすときに空気を吹きつけた跡で、ガラスの中の力の分布が見えているものです。
- 家のガラス製の鍋ぶたや食器の表示を見て、「強化ガラス」か「耐熱ガラス」かを確かめてみましょう。ふちに欠けがないかも、指でなぞらずに目で点検します。
※ 模様が見えるかどうかは、空の明るさや光の向きで変わります。運転中の人は見ないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(材料力学・破壊力学・ガラス工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 風冷強化(物理強化):熱したガラスに空気を吹きつけて急冷し、表面を押し縮めた状態で固める方法。
- 圧縮応力と引張応力:物の中で、押し縮めようとする力と、引き離そうとする力。どちらも面積あたりの大きさで表します。
- 自然破損:外から目立った力が加わっていないのに、強化ガラスが割れること。過去の傷や硫化ニッケルの粒が原因とされます。
中学高校式で確かめる:守りの層は何ミリ? 芯はどれだけ引っぱられている?
強化ガラスの中の力は、深さに対して放物線の形に分布するとして扱うのが基本です。この形から、守りの層の深さと、芯を引っぱる力の大きさが出てきます。
| 記号で書くと | σ(x) = σs × ( 1 − 6 × x × ( 1 − x ) )、 x = z ÷ t |
| 言葉で書くと | 深さ z での押す力 = 表面の押す力 × (1 − 6 × 深さの割合 × 残りの割合)。ここから、芯の引く力 = 表面の押す力 ÷ 2、守りの層 = 厚さ × 約0.21 |
| どこから来る式か | 外から力がかかっていない板では、中の押す力と引く力の合計がゼロになる(力のつり合い)。この条件を満たす最も簡単な形が、表と裏で対称な放物線です |
| 記号 | 意味と単位 |
| σs | 表面を押し縮める力の大きさ(MPa=1平方ミリあたりのニュートン) |
| t | ガラスの厚さ(mm) |
| z | 表面からの深さ(mm) |
| x | 深さの割合(z ÷ t、0から1) |
| 鍋ぶたなどの強化ガラスの厚さ | 4 mm |
| 表面の押す力(風冷強化の目安とされる値) | 約100 MPa |
| 力の向きが入れ替わる深さの割合(1 − 6 × x × (1 − x) = 0 の解) | 約0.21 |
| 1平方センチの面積 | 100 平方ミリ |
| 守りの層の深さ | 0.21 × 4 = 0.84 mm |
| 芯を引っぱる力 | 100 ÷ 2 = 50 MPa |
| 1平方センチあたりに直す | 50 × 100 = 5000 N |
| 重さに直す(1キログラム重 = 9.8 N) | 5000 ÷ 9.8 ≒ 510 kg |
守りの層は、厚さ4ミリのうち表裏それぞれ0.84ミリしかありません。その奥の芯は、1平方センチあたり500キログラムほどの重さでつり下げられているのと同じ強さで、常に引っぱられています。深さ1ミリ足らずの欠けが「全部」につながる理由が、この数字にあります。
高校高校+力のつり合いと、硫化ニッケルのふくらみ
高校物理の「力のつり合い」で考えると、板の中の押す力と引く力は打ち消し合っています。だから強化ガラスは、外から見ると何も起きていない静かな板です。ひびが芯に入ってつり合いが崩れると、ため込まれていた弾性エネルギーが、ひびを広げる仕事に使われます。
高校+硫化ニッケルは、高温で安定な結晶の形のまま急冷でガラスに閉じ込められます。その後、室温で何か月から何年もかけて、低温で安定な形へ移り変わるとされます(相転移)。この変化で体積が数%ふくらむとされ、芯の中にある粒の場合は、まわりのガラスを押し割ります。
大学残留応力と破壊力学
ガラスの中に閉じ込められた力は「残留応力」と呼ばれます。割れが始まる条件は「破壊力学」で扱い、グリフィスの理論や応力拡大係数を使って、傷の深さと力の大きさから割れるかどうかを判定します。湿気で傷がゆっくり深くなる現象は「応力腐食割れ(遅れ破壊)」と呼ばれます。中の力の分布は、偏光を使う「光弾性」の測定で、壊さずに調べられます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:強化ガラス(ウィキペディア) / 破壊力学(ウィキペディア) / 光弾性(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 危ない粒を、出荷前にすべて見つけられるか。 硫化ニッケルの粒はごく小さく、光学的な検査で確実に見つける方法は、まだ研究が続いています。
- 粒の大きさを、ため込んだ力から正確に予測できるか。 力が大きいほど粒が細かくなる傾向は知られていますが、ひびの枝分かれの細かいしくみは、いまも調べられています。
- 湿気が傷を深くするしくみの細部。 水の分子がガラスの結びつきを切る過程は、温度や成分による違いを含めて研究が進められています。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。放物線の分布も、実際の製品では形や大きさに幅があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「力のはたらき」「圧力」 | 押す力・引く力を面積あたりで考える |
| 高校 | 物理「力のつり合い」「弾性力」 | 押す力と引く力の合計がゼロになる |
| 高校+ | 化学「結晶の構造」 | 硫化ニッケルの相転移とふくらみ |
| 大学 | 材料力学・破壊力学・ガラス工学 | 残留応力、応力拡大係数、遅れ破壊 |
| 研究 | 材料の破壊とその予測 | 異物の検出、破片の大きさの予測 |
| ― | 生活とのつながり | 欠けた鍋ぶたや食器を使わない、割れたときの片づけ方 |
- ウィキペディア「強化ガラス」
- 日本産業規格 JIS R 3206「強化ガラス」
- 欧州規格 EN 14179「建築用ガラス―熱浸漬処理された強化ソーダ石灰けい酸塩安全ガラス」
- 作花済夫『ガラス科学の基礎と応用』内田老鶴圃
- Varshneya, A. K., Fundamentals of Inorganic Glasses, Academic Press
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。製品の取り扱いは各メーカーの説明書に従い、ケガの際は医療機関・消防等の指示に従ってください。