ミントは、なぜ冷たくないのにスーッとするの?
― 皮ふの「冷たさセンサー」を、分子がじかに押しています
ミントのガムをかむと、口の中がひんやりします。けれど、口の中の温度は下がっていません。だまされているのは温度計ではなく、あなたの神経のほうです。
眠気ざましにミントのガムを口に入れます。数秒で、舌とのどの奥がスーッと冷たくなります。
そのまま口から息を吸うと、まるで冬の空気を吸ったように冷たく感じます。常温の水を飲むと、冷蔵庫の水のように感じます。
でも、ガムは冷えていません。部屋の温度のままです。では、この「冷たさ」はどこから来ているのでしょうか。
スーッとする理由は、2つだけ
神経の先には、冷えると開く小さな扉がついています。扉が開いたという知らせだけが、脳に「冷たい」と伝わります。
ミントの成分メントールは、扉にぴたりとはまります。すると、冷えていないのに扉が開き、脳は「冷たい」と受け取ります。
つまり、冷たさを「感じる」ことと、実際に「冷える」ことは、体の中では別のできごとです。順番に見ていきましょう。
脳は、温度そのものを知らない
私たちは、皮ふで温度を「測っている」と思いがちです。けれど、体の中に温度計の目盛りはありません。
皮ふや口の中には、神経の細い枝がたくさん入りこんでいます。その先端の膜には、タンパク質でできた小さな扉があります。扉は電気を帯びた粒の通り道で、ふだんは閉じています。
冷たさを受け持つ扉は、まわりがおよそ25〜28℃より冷えると開きはじめるとされています。開くと粒が流れこみ、神経に電気の信号が走ります。
ここが大事な点です。脳が受け取るのは「何℃か」という数字ではありません。「冷たさの係の神経が、いま信号を出した」という知らせだけです。
ですから、係の神経が信号を出しさえすれば、理由が何であれ、脳は「冷たい」と感じます。電話の相手の顔が見えないのと同じで、脳は信号の出どころを確かめられないのです。
メントールは、扉の「合いかぎ」
ミントの葉には、メントールという分子がたくさん含まれています。この分子は、冷たさの扉にちょうどはまる形をしています。
メントールがはまった扉は、開きやすくなります。いつもなら27℃くらいまで冷えないと開かないのに、体温に近い温度でも開いてしまいます。図1を見てください。
左右の図で、皮ふの温度はどちらも33℃のままです。変わったのは、扉が開く条件のほうです。メントールは熱を奪っていません。冷たさの「しきい値」をずらしただけなのです。
ミントのあとに水を飲むと、ふだんより冷たく感じるのも同じ理由です。扉がすでに開きかけているので、少し冷えただけで大きな信号が出ます。息を吸ったときの「スースー」も、空気がわずかに口の中を冷やした分が、大げさに伝わった結果です。
体には、冷たさの扉のほかに「熱さの扉」もあります。トウガラシの辛み成分は、こちらをじかに開けます。だから辛いものは、温度に関係なく「熱い」「ヒリヒリ」と感じます。ミントとトウガラシは、同じしかけを反対向きに使っているのです。
暑い日にミント入りのシートやスプレーを使うと、涼しく感じます。けれど多くは感覚が変わっただけで、体の熱が大きく減ったわけではありません。暑さで体調が心配なときは、水分をとり、日かげや涼しい部屋で休むことが先です。
まとめ
私たちの皮ふには温度計がなく、「冷えると開く扉」がついています。脳はその扉が開いたかどうかしか知りません。メントールはこの扉にはまり、冷えていないのに扉を開けてしまいます。だから、ミントは冷たくないのにスーッとするのです。
ミントは、口を冷やしていない。
「冷たい」という知らせだけを、神経に届けている。
辛さの正体は「トウガラシの辛さは、なぜ水で消えないの?」で、同じ温度でも冷たさの感じ方が変わる話は「なぜ金属は木より冷たく感じるの?」で紹介しています。
- コップに常温の水を用意し、ひと口飲んで、冷たさを覚えておきます。
- ミントのガムを1分ほどかんでから出し、口から大きく息を吸ってみます。
- 同じコップの水をもう一度飲みます。さっきより冷たく感じるか、比べてみましょう。
水の温度は変わっていません。もし温度計があれば、口に入れる前の水を測ってみてください。変わったのは水ではなく、あなたの「冷たさの扉」の開きやすさです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(神経科学・生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 感覚神経:皮ふや口の中の刺激を、電気の信号にして脳へ送る神経。
- 受容体:刺激を受け取るタンパク質。この記事でいう「扉」です。
- メントール:ハッカやペパーミントに多く含まれる香りの分子。冷たさの受容体を開きやすくします。
中学高校式で確かめる:メントールがつくる「見かけの冷え」は何℃ぶん?
メントールがつくる冷たさは、何℃ぶんの冷えに相当するのでしょうか。さらに、本当にその分だけ冷やすには、どれくらいの熱を奪う必要があるかも計算します。
| 記号で書くと | ΔT = T皮 − T開 / Q = m × c × ΔT |
| 言葉で書くと | 見かけの冷え = 皮ふの温度 − 扉が開く温度。本当に冷やすのに要る熱 = 質量 × 比熱 × 温度差 |
| どこから来る式か | 1つ目は「扉が開くかどうかは、温度がしきい値を下回ったかで決まる」という受容体の性質。2つ目は中学で習う熱量の式(熱の出入りと温度変化の関係)です。 |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| ΔT | 見かけの冷え(℃)。メントールが「ないこと」にしている温度差 |
| T皮 | 皮ふ・口の中の表面の温度(℃) |
| T開 | 冷たさの扉が開きはじめる温度(℃) |
| Q | 本当に冷やす場合に奪う熱(J:ジュール) |
| m | 冷やす部分の質量(g) |
| c | 体の組織の比熱(J/(g・℃)) |
| 皮ふ・口の表面の温度 | およそ 33℃ とされる |
| 冷たさの扉が開きはじめる温度 | およそ 25〜28℃ とされる(ここでは 27℃) |
| 冷やす部分:面積 1cm²、厚さ 1mm の表面の層 | 体積 0.1cm³、質量およそ 0.1g |
| 体の組織の比熱 | およそ 3.5 J/(g・℃) とされる |
| 氷をとかすのに要る熱(融解熱) | 1g あたり およそ 334 J |
| 見かけの冷え ΔT | 33 − 27 = 6 ℃ |
| 1℃冷やすのに要る熱(m × c) | 0.1 × 3.5 = 0.35 J |
| 6℃ぶん冷やすのに要る熱 Q | 0.35 × 6 = 2.1 J |
| 同じ熱で とける氷の量 | 2.1 ÷ 334 ≒ 0.0063 g |
| ミリグラムに直すと | 0.0063 × 1000 = 6.3 mg |
メントールは、少なくとも6℃ぶんの冷えを「あったこと」にしています。本当にそれだけ冷やすなら、1cm²あたり約2.1Jの熱を奪う必要があり、小さな氷のかけら(約6mg)をその場でとかすのと同じです。メントールはこの熱を1Jも奪わずに、同じ知らせだけを脳へ届けています。
高校高校+受容体と、神経の電気の信号
高校高校生物では、感覚は「受容器 → 感覚神経 → 脳」の順に伝わると習います。受容器が刺激を受けると、細胞の膜の内と外の電位差が変わり、しきい値をこえると活動電位が生じます。信号の強さは、活動電位の大きさではなく「回数(頻度)」で伝えられます。
高校+どの神経が興奮したかで感覚の種類が決まり、刺激の種類そのものは脳に伝わりません。これを「特殊感覚エネルギーの法則」(ミュラーの法則)と呼びます。目を強くこすると光が見えるのも、同じ理屈で説明されます。
大学TRPチャネル:温度を感じる分子の正体
冷たさの扉の正体は、「TRPM8」というイオンチャネルです。2002年に2つの研究グループが、冷たさとメントールの両方で開く受容体として報告しました。TRPM8は電位依存性をもち、温度が下がったりメントールが結合したりすると、開く電位が生体の範囲へずれると説明されます。熱さの扉は「TRPV1」で、トウガラシのカプサイシンで開きます。これらはまとめて「TRPチャネル」と呼ばれる仲間です。温度と触覚の受容体の発見に対して、2021年のノーベル生理学・医学賞が贈られました。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ウィキペディア「TRPV1」(TRPチャネルの仲間の解説) / ノーベル財団:2021年ノーベル生理学・医学賞(温度と触覚の受容体)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 温度でどう「開く」のか。 メントールがはまる場所は、分子の立体構造の解析で見えてきました。一方、温度の変化がどの部分を動かして扉を開くのかは、まだ議論が続いているとされています。
- 「心地よい冷たさ」と「痛い冷たさ」の分かれ目。 同じ冷たさでも、ひんやり気持ちよい場合と、痛い場合があります。どの神経の組み合わせがこれを分けるのかは、研究の途中です。
- 片頭痛との関係。 冷たさの受容体の遺伝子と片頭痛のなりやすさとの関連が報告されていますが、しくみはまだわかっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。扉が開く温度の数値も、測り方や動物の種類によって幅があります。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科2年「刺激と反応」、理科「熱量」 | 感覚神経が脳へ信号を送る/熱量の式 |
| 高校 | 生物「受容器と神経」 | しきい値と活動電位 |
| 高校+ | 生物の発展(感覚の性質) | 特殊感覚エネルギーの法則 |
| 大学 | 神経科学・生理学 | TRPチャネル(TRPM8・TRPV1) |
| 研究 | 分子生物物理・疼痛研究 | 温度で開くしくみ/冷たさの痛み |
| ― | 生活とのつながり | ミントのガム、ひんやりシート、湿布のスーッとする感じ |
- McKemy D. D., Neuhausser W. M., Julius D. "Identification of a cold receptor reveals a general role for TRP channels in thermosensation." Nature 416, 52–58 (2002)
- Peier A. M. ほか "A TRP Channel that Senses Cold Stimuli and Menthol." Cell 108, 705–715 (2002)
- ノーベル財団:2021年ノーベル生理学・医学賞(デヴィッド・ジュリアス、アーデム・パタプティアン)
- Yin Y. ほか "Structure of the cold- and menthol-sensing ion channel TRPM8." Science 359, 237–241 (2018)
- 高等学校「生物」教科書(受容器と神経系の単元)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。ミントの精油(ハッカ油など)は濃いまま肌や目につけると強い刺激になります。製品の使い方の表示に従ってください。