人の目は、光の粒いくつで「見えた」と分かるの?
― いちばん暗い星から届く光は、0.1秒にたった150粒ほどです
光は、とても小さな粒(光子)が飛んできたものです。真っ暗な夜に見えるいちばん暗い星から、ひとみに入る光の粒は、0.1秒にわずか150個ほど。網膜がつかまえるのは、そのうち十数個にすぎません。人の目は、光の粒を「数えられる」ほどの、極限の感度をもっています。
街の明かりが届かない山の上で、夜空を見上げます。最初は明るい星がいくつか見えるだけです。
ところが20分、30分と待つうちに、星がどんどん増えていきます。最後には、あるのかないのか分からないほど淡い星が、空いっぱいに散らばって見えてきます。
そのいちばん淡い星から、あなたの目に届いている光は、いったいどれくらいなのでしょうか。じつは、ほんの「ひとつかみ」の粒しか届いていません。
理由は2つだけ
暗いところで働く細胞(桿体)は、光の粒をたった1個受け取るだけで、電気の信号を出せます。これ以上は小さくできない、物理の限界の感度です。
細胞は、光がなくてもときどき勝手に反応します。脳はこの「空耳」にだまされないよう、短い時間に数個の信号が重なったときだけ、光があったと判断します。
つまり、目そのものは粒1個まで感じられるほど敏感です。それでも私たちが「見えた」と感じるには、数個から十数個の粒が必要になります。この2つの組み合わせが、肉眼で見える星の限界を決めています。
いちばん暗い星から、粒はいくつ届くのか
夜空の星の明るさは「等級」で表します。数が大きいほど暗い星です。暗い空で肉眼に見える限界は、およそ6等星とされています。1等星とくらべると、明るさは100分の1ほどしかありません。
暗さに慣れた目のひとみは、直径7ミリほどまで開きます。その小さな窓に、6等星からの光の粒が飛びこんできます。数えると、1秒あたり1500個ほどです。
網膜の細胞は、光をおよそ0.1秒ぶんずつためて、まとめて報告していると考えられています。0.1秒に区切ると、ひとみに入る粒は150個ほどになります。図1を見てください。つまみで星の等級を変えると、届く粒の数がどう変わるかが分かります。
150個のうち、つかまるのは十数個だけ
ひとみに入った150個が、すべて使われるわけではありません。図2を見てください。まず角膜の表面ではね返ったり、目の中の透明なゼリーやレンズに吸われたりして、網膜まで届くのはおよそ半分です。
網膜に届いた粒も、細胞の中の「光を受け取る色素」にうまく当たるのは、5個に1個ほどとされています。残りは色素のすき間をすり抜けてしまいます。結局、ひとみに入った粒のおよそ1割、十数個だけが信号に変わります。
それを確かめたのは、自分の目を測った3人でした
1942年、アメリカの3人の研究者が、この数を実験で突き止めました。真っ暗な部屋で目を慣らし、ごく短い光の点滅を見て、「見えた」「見えない」を答えていったのです。被験者は、研究者自身でした。
結果は、角膜に届いた粒が数十個から150個ほどで「見えた」となりました。目の中での損失を差し引くと、吸収されたのはわずか5個から14個です。しかもその光は、およそ500個の細胞の上に散らばっていました。
粒は十数個、細胞は500個です。ほとんどの細胞は粒を1個も受け取らず、受け取ったものも、たった1個のはずです。ここから3人は「細胞1個は、光の粒1個に反応している」と結論しました。この推理は、およそ40年後に細胞の信号を直接測る実験で確かめられたとされています。
粒1個に反応できる細胞は、視線のまん中にはほとんどありません。中心から少し外れた場所に、たくさん並んでいます。だから淡い星は、まっすぐ見つめると消え、少し横を見ると浮かび上がります。天体観察をする人たちが昔から使っている「そらし目」というコツです。
暗闇なら、ろうそく1本の火が数十km先から見える、という話が広まっています。ところが、実際にろうそくの明るさを測って見積もった研究では、肉眼で見える限界は約2.6kmとされています。光の粒は、距離が2倍になると4分の1に減ります。届く粒が境目を下回る距離は、思ったより近いのです。
まとめ
肉眼で見えるいちばん暗い星から、ひとみに入る光の粒は0.1秒に150個ほどです。網膜がつかまえるのはそのうち十数個で、それが500個ほどの細胞に1個ずつ散らばります。細胞は粒1個に反応できますが、脳は数個がそろうまで「見えた」と言いません。この慎重さが、ありもしない光を見てしまう失敗から私たちを守っています。
夜空のいちばん淡い星は、十数個の光の粒でできている。
目は粒を数えられるのに、脳はあえて数個待ってから「見えた」と言う。
暗さに目が慣れるまでの時間については「明るい所から暗い部屋に入ると、なぜしばらく何も見えないの?」、星が白っぽく見える理由は「星には色があるのに、なぜ夜空の星はほとんど白く見えるの?」で解説しています。
- 月のない晴れた夜、街灯の光が直接目に入らない場所に出ます。スマートフォンの画面は見ずに、20分ほど目を暗さに慣らします。
- ぼんやりした星の集まり(秋から冬なら、東の空のすばる)を見つけます。まっすぐ見つめたときと、少し横に視線をずらしたときで、見える星の数をくらべます。
- 最後に、スマートフォンの画面を一瞬だけ見てから、もう一度空を見上げます。淡い星が消えていたら、粒1個に反応する細胞が、強い光で休んでしまった証拠です。
足もとの安全を確かめてから行い、夜は1人で暗い場所へ行かないようにしましょう。赤い光で手もとを照らすと、暗さに慣れた目をあまりじゃませずにすみます。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」「生物」「地学」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(視覚生理学・量子光学・統計学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 光子(こうし):光をこれ以上分けられない最小のかたまりとして見たときの、粒1個のこと。
- 桿体(かんたい):網膜で、暗いところの光を受け取る細胞。色は区別できないが、とても敏感。
- 等級:星の明るさを表す数。5等級ちがうと明るさは100倍ちがい、数が大きいほど暗い。
- そらし目:淡い天体を、視線を少し外して見るコツ。桿体の多い場所で光を受け取るため。
中学高校式で確かめる:6等星から、網膜は何個の粒を受け取るか
星から届く光を「1秒に、1平方センチあたり何個の粒が飛んでくるか」で表し、ひとみの面積と、ためる時間をかけて数えます。
| 記号で書くと | N = F × A × t × η |
| 言葉で書くと | 吸収される粒の数 = 粒の流れの強さ × ひとみの面積 × ためる時間 × 吸収される割合 |
| どこから来る式か | 光の粒は途中で増えも消えもせず飛んでくるので、窓(ひとみ)を通る数は「流れの強さ × 窓の面積 × 時間」で数えられる。そこに目の中で使われる割合をかける。 |
| 記号 | 意味と単位 |
| N | 網膜で吸収される光の粒の数(個) |
| F | 星から届く粒の流れ(個/秒/平方センチ) |
| A | ひとみの面積(平方センチ) |
| t | 桿体が光をためる時間(秒) |
| η | ひとみに入った粒のうち、色素に吸収される割合 |
| 0等星から届く、目に見える光の粒の流れ | 1秒・1平方センチあたり およそ100万個 とされています |
| 6等級暗くなると、明るさは | およそ250分の1 |
| 暗さに慣れたひとみの半径 | 約0.35センチ(直径7ミリ) |
| 桿体が光をためる時間 | 約0.1秒 とされています |
| 吸収される割合 | 約0.1(ひとみに入った粒の1割) |
| 光が散らばる桿体の数(1942年の実験) | 約500個 |
| 6等星の粒の流れ(個/秒/平方センチ) | 1000000 ÷ 250 = 4000 |
| 半径の2乗 | 0.35 × 0.35 = 0.1225 |
| ひとみの面積(平方センチ) | 0.1225 × 3.14 ≒ 0.385 |
| 1秒にひとみへ入る粒 | 4000 × 0.385 = 1540 |
| 0.1秒にひとみへ入る粒 | 1540 × 0.1 = 154 |
| 網膜で吸収される粒(N) | 154 × 0.1 ≒ 15 |
| 桿体1個あたりの粒 | 15 ÷ 500 = 0.03 |
吸収される粒は約15個で、1942年の実験の「5〜14個」とほぼ同じ大きさになります。桿体1個あたりでは平均0.03個です。100個の細胞のうち3個ほどが、それぞれ粒を1個だけ受け取る計算で、2個受け取る細胞はほとんどありません。
高校高校+光は波で、粒でもある
高校高校物理では、光は波としてふるまう一方、エネルギーは「光子」というかたまりでやり取りされると習います(光電効果)。光子1個のエネルギーは、振動数に比例します。緑の光なら、1個あたりのエネルギーはとても小さく、豆電球の光でも1秒に何京個もの光子が出ています。目はその1個を感じられるのです。
高校+星の等級は、明るさの比を対数で表したもので、ポグソンの式と呼ばれます。5等級で100倍なので、1等級ではおよそ2.5倍です。6等級ならその6乗で、約250倍になります。人の感覚が「比」で明るさを感じることを、数の決め方に取り入れたものです。
大学ヘクト・シュレア・ピレンヌの実験とポアソン分布
1942年の実験の核心は、光の粒が「でたらめな時刻にぽつぽつ届く」ことを使った点にあります。平均何個かが届くとき、実際に届く数はポアソン分布に従ってゆらぎます。「見えた」と答える確率が光の強さとともにどう増えるか、その曲線の形を見ると、何個で見えるかの境目が、生理の細かな事情によらずに読み取れます。こうして求めた境目が、およそ5〜7個でした。桿体1個が1個の光子に反応することは、1979年にベイラーらが、桿体の電流を直接測る方法で確かめたとされています。脳が数個を待つ理由は、色素ロドプシンが熱によって光なしでも反応する「暗雑音」と区別するためと考えられています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:ポアソン分布(ウィキペディア) / 桿体細胞(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 光の粒1個でも、人は気づけるのか。 2016年に、粒を1個ずつ出す光源を使い、1個のときでも偶然より少しだけ多く当てられた、という報告がありました。ただし効果はわずかで、確かめ直しが続いています。
- 脳はどこで「見えた」を決めているのか。 細胞の信号を集めて雑音をふるい落とす仕組みが、網膜の中のどの段階にあるのか、細かいところは調べられている最中です。
- 人によって限界がどれだけちがうのか。 肉眼で見える星の限界は、空の暗さだけでなく、年齢や経験でも変わるとされています。どの要因がどれだけ効くのか、まだ整理されきっていません。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。上の計算の数値も、ひとみの大きさや空の条件で数倍は変わる、おおよその目安です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「目のつくり」「光の性質」 | 網膜の細胞、ひとみの大きさ |
| 高校 | 物理「光子」、生物「受容器と視細胞」 | 粒1個に反応する桿体 |
| 高校+ | 地学「恒星の明るさ(等級)」 | 6等級で約250分の1 |
| 大学 | 視覚生理学、確率統計(ポアソン分布) | 1942年の実験の読み解き方 |
| 研究 | 視覚科学・量子光学 | 光子1個の検出、暗雑音の処理 |
| ― | 生活とのつながり | 星空観察のそらし目、夜に赤い光を使う理由 |
- Hecht, S., Shlaer, S., & Pirenne, M. H. (1942). Energy, quanta, and vision. Journal of General Physiology, 25(6), 819–840.
- Baylor, D. A., Lamb, T. D., & Yau, K.-W. (1979). Responses of retinal rods to single photons. Journal of Physiology, 288, 613–634.
- ウィキペディア「等級 (天文)」
- Tinsley, J. N. et al. (2016). Direct detection of a single photon by humans. Nature Communications, 7, 12172.
- Krisciunas, K., & Carona, D. (2015). At what distance can the human eye detect a candle flame?(ろうそくの炎が見える距離の見積もり)
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。星空の観察は、足もとの安全を確保し、暗い場所へは複数人で出かけてください。