息は、なぜ「はーっ」だと温かく、「ふーっ」だと冷たいの?
― すぼめた口の息は、手に届くまでに部屋の空気を2倍以上も巻き込んでいます
冷えた手には「はーっ」、熱いスープには「ふーっ」。私たちは子どものころから、同じ息を温かくも冷たくも使い分けています。でも、体の中から出てくる息の温度は1つのはずです。変わっているのは息そのものではなく、手に届くまでの「道のり」のほうでした。
冬の帰り道、かじかんだ手を口の前に持ってきて「はーっ」と息を吐きます。手のひらに、じんわりと温かさが広がります。
家に帰って、湯気の立つスープをすくいます。今度は口をすぼめて「ふーっ」。吹きかけた息は、ひんやりと冷たく感じられます。
小さな子にこう聞かれたら、どう答えるでしょう。「どうして、おんなじ口から出てるのに、あったかい息とつめたい息があるの?」
理由は、この2つだけです
細く速い息は、進みながらまわりの空気を引きずり込みます。手に届くころには、息より部屋の空気のほうが多くなり、温度が下がっています。
速い風は、肌を包む温かい空気の膜をはぎ取り、水分の蒸発も早めます。ゆっくりで湿った「はーっ」は、その逆で熱を置いていきます。
口から出た瞬間の息は、どちらもほぼ同じ約34℃とされています。違いが生まれるのは、口から手までのわずか数センチから十数センチの間です。
細い息の流れは、まわりの空気を「巻き込み」ながら進む
口を細くすぼめると、同じ量の息が小さな穴を通るので、流れが速くなります。穴の直径を4分の1にすると、面積は16分の1です。同じ量を押し出せば、速さは16倍近くになる計算です。
速い流れと、止まっている部屋の空気との境目では、小さな渦がたくさん生まれます。この渦が、まわりの空気をつかんでは流れの中へ引きずり込みます。流れは進むほど太くなり、中身はどんどん「部屋の空気」に入れ替わっていきます。
図1の右側を見てください。すぼめた口から出た息は、進むにつれて円すいのように広がります。上下の矢印のように、20℃の空気が横から入り込みます。手に届くころの温度は、計算するとおよそ24℃です。これは皮膚の温度(約32℃)よりずっと低いので、冷たく感じます。
一方、図1の左側の「はーっ」は、口を大きく開けて手を近づけて吐きます。流れは太くてゆっくりです。太い流れの芯の部分は、口の幅の数倍の距離まで、まわりの空気と混ざらずに進むとされています。そのため、ほぼ34℃のまま手に届きます。
速い風は、肌の「温かい膜」と水分を持ち去る
皮膚のすぐそばには、体温で温まった薄い空気の層がいつもあります。静かな場所では、この層が小さな毛布のように肌を包んでいます。速い風はこの層を次々とはぎ取り、新しい空気を肌に当て続けます。そのため、同じ温度の空気でも、速く当たるほど熱を多く奪います。
水分の動きも逆になります。「はーっ」の息は、体の中で水蒸気をたっぷり含んでいます。冷えた手に当たると、その水蒸気の一部が水滴に戻ります。窓ガラスや眼鏡に「はーっ」とすると曇るのと同じです。水蒸気が水に戻るとき、ため込んでいた熱を手に渡します。
「ふーっ」は、部屋の乾いた空気と混ざってから届きます。湿った肌やスープの表面からは、水がどんどん蒸発します。蒸発は熱を奪うので、冷たさがさらに強まります。スープを吹くと早く冷めるのは、湯気を吹き飛ばして、乾いた空気を表面に送り続けているからです。
「すぼめた口から出た空気は、膨らむときに冷える」という説明をよく見かけます。空気が膨らむと冷えるのは本当です。ただ、ふつうに吹くときの口の中の圧力は、大気圧より1%ほど高いだけとされています。この差で下がる温度は1℃に満たず、手で感じる10℃近い差は説明できません。主役は「巻き込み」のほうです。
まとめ
口から出た瞬間の息の温度は、「はーっ」でも「ふーっ」でも変わりません。すぼめた息は細く速い流れになり、手に届くまでに部屋の空気を2倍以上も混ぜ込んで冷えます。さらに速い風が肌の温かい膜と水分を持ち去ります。大きく開けた口の息は、温かく湿ったまま届き、熱を置いていきます。
息の温度を変えているのは、体ではなく道のり。
細い息ほど、部屋の空気で薄まって届きます。
風が当たるだけで涼しくなるしくみは扇風機の風は、なぜ涼しく感じるの?で、息に含まれる水蒸気の話は吐く息は、なぜ冬になると白く見えるの?で詳しく紹介しています。
- 口をすぼめて、手のひらを口から3cmほどの近さに置き、「ふーっ」と吹いてみます。思ったほど冷たくないはずです。
- 同じ吹き方のまま、手を20〜30cmまで少しずつ遠ざけます。遠いほど、ひんやり感じ、冷たさがはっきりしてきます。
- 今度は口を大きく開け、手のひらを5cmほどまで近づけて「はーっ」。次に手を30cm離して同じように吐き、温かさがどう変わるかをくらべます。
料理用の温度計があれば、先端を息に当てて距離ごとに温度を測ると、巻き込みで下がっていく様子が数字で見えます。温度計を口にくわえないよう注意してください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(流体力学・伝熱工学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 噴流(ジェット):小さな穴から勢いよく吹き出し、ほぼ一方向に進む流れ。すぼめた口からの息はその一例です。
- 巻き込み(エントレインメント):速い流れが、境目の渦によってまわりの止まった流体を取り込み、太くなっていくこと。
- 凝縮熱:水蒸気が水に戻るときに出す熱。蒸発のときに吸った熱と同じ量が出てきます。
中学高校式で確かめる:すぼめた息は、手に届くとき何℃か
息と部屋の空気が混ざるとき、熱は増えも減りもしません。混ざる量の割合さえ分かれば、手に届く温度が出せます。口をすぼめ、手を10cm離して吹く場合を計算します。
| 記号で書くと | T − T室 = ( T息 − T室 ) × m0 / m、 ただし m / m0 ≒ 0.32 × x / d |
| 言葉で書くと | 手に届く息の「部屋より高い分」= 口を出たときの「部屋より高い分」× 吐いた息の量 ÷ 巻き込んだあとの流れの量。流れの量は、距離が口の穴の何倍かに比例して増える |
| どこから来る式か | 前半は熱の保存(混ぜても熱の合計は変わらない)。後半の 0.32 は、円い噴流がまわりの空気を取り込む割合を実験で測った値(リクー、スポールディング 1961年) |
| 記号 | 意味と単位 |
|---|---|
| T | 手に届く息の温度(℃) |
| T息、T室 | 口を出たときの息の温度、部屋の空気の温度(℃) |
| m0、m | 口から出た息の量、手の位置で流れている空気の量(1秒あたりの質量) |
| x、d | 口から手までの距離、口の穴の直径(cm) |
| 部屋の空気の温度 | 20℃ |
| 口を出たときの息の温度 | 約34℃とされる |
| 手のひらの皮膚の温度 | 約32℃とされる |
| すぼめた口の穴の直径 | 約1cm |
| 口から手までの距離 | 10cm |
| 息は部屋より何℃高いか | 34 − 20 = 14(℃) |
| 距離は穴の直径の何倍か | 10 ÷ 1 = 10(倍) |
| 手の位置で流れる空気の量は、吐いた息の何倍か | 0.32 × 10 = 3.2(倍) |
| 手に届くときの「部屋より高い分」 | 14 ÷ 3.2 ≒ 4.4(℃) |
| 手に届く息の温度 | 20 + 4.4 = 24.4(℃) |
| 皮膚よりどれだけ冷たいか | 32 − 24.4 = 7.6(℃) |
手に届く空気の3分の2以上は、途中で巻き込んだ部屋の空気です。息は皮膚より8℃近く冷たい風になって届きます。「はーっ」の場合、口の幅を約4cm、手までを5cmとすると、距離は穴の約1.25倍にすぎません。噴流の芯は穴の直径の約5倍まで混ざらずに残るとされるので、息はほぼ34℃のまま手に届きます。
高校高校+熱量の保存と、断熱膨張で冷える量
高校温度の違う2つの物体を混ぜたとき、「高温側が失った熱=低温側が得た熱」になるのが熱量の保存です。上の式の前半は、これを空気どうしの混合に当てはめたものです。水と湯を混ぜたときの温度を求める問題と同じ形をしています。
高校+気体が熱をやりとりせずに膨らむと冷えます(断熱膨張)。温度と圧力の関係はポアソンの式で表され、空気では温度が圧力の約0.29乗に比例します。口の中の圧力が大気圧より1%高いだけなら、膨張で下がる温度は1℃未満です。「すぼめると膨らんで冷える」説では、手で感じる差を説明できません。
大学乱流噴流の自己相似と、巻き込み仮説
口から出た円い噴流は、穴の直径の数倍進むと乱流噴流になります。そこから先は、速さや温度の分布が距離に応じて同じ形のまま広がる「自己相似」の状態になります。広がる角度はほぼ一定で、流量は距離に比例して増え、中心の速さと温度差は距離に反比例して減ります。境目で取り込まれる速さを中心の速さに比例させる考え方を「巻き込み仮説」と呼び、モートン、テイラー、ターナーが1956年に煙突の煙の上昇に使ったことで広まりました。肌が風で冷える速さは、強制対流の熱伝達率(ヌセルト数)で表されます。
📖 式の導出や、さらに先の内容:噴流(ウィキペディア) / 断熱過程(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 唇の形と、息の混ざり方。 実験で測られた巻き込みの割合は、主に円いノズルの値です。人の唇のようなやわらかく不規則な穴で、巻き込み方がどれほど変わるかは、細かくは分かっていません。
- 吐く息はどこまで届くのか。 会話やせき、呼吸で出る息が室内でどう広がるかは、感染症対策の観点から近年さかんに研究されています。温かく湿った息が浮き上がる効果と、巻き込みで薄まる効果の組み合わせは、今も精密な計算と実験が続いています。
- 冷たさの感じ方の個人差。 皮膚が「冷たい」と感じる強さは、温度だけでなく熱が奪われる速さにも左右されます。部位や人による感じ方の違いを1つのモデルで表す試みは、まだ途中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。24℃という値は、理想的な円い噴流を当てはめた目安です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「水蒸気と露点」「熱の伝わり方」 | 「はーっ」で眼鏡が曇る話、風で肌が冷える話 |
| 高校 | 物理「熱量の保存」 | 息と部屋の空気が混ざったときの温度の計算 |
| 高校+ | 物理「断熱変化・ポアソンの式」 | 「膨らんで冷える」説が小さな効果にとどまる理由 |
| 大学 | 流体力学「乱流噴流」、伝熱工学「強制対流」 | 巻き込みの割合 0.32、肌の熱が風で奪われる速さ |
| 研究 | 呼気の拡散、温冷感のモデル | 唇の形の影響、息の届く範囲 |
| ― | 生活とのつながり | かじかんだ手は口を大きく開けて近くで温め、熱いものは口をすぼめて少し離して吹くと効率がよい |
- Ricou, F. P. & Spalding, D. B. (1961) Measurements of entrainment by axisymmetrical turbulent jets. Journal of Fluid Mechanics 11, 21–32.
- Morton, B. R., Taylor, G. I. & Turner, J. S. (1956) Turbulent gravitational convection from maintained and instantaneous sources. Proceedings of the Royal Society of London A 234, 1–23.
- Pope, S. B. (2000) Turbulent Flows. Cambridge University Press(円形噴流の章).
- ウィキペディア「噴流」
- ウィキペディア「断熱過程」
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。息や皮膚の温度には個人差があり、部屋の温度や吹き方によっても変わります。